ボトムアップな日本語

日本語, 好きですか?

また総じて,英語の語順も,文章の構成法もトップダウンである.I do not believe that ... と会議で切り出すと,ふっとみんなの視線が集まるのがわかる.語順がそのような焦点を明確にするところがあるのである.ところが日本語は(強いて言えば) ボトムアップである.たとえば,「…とは思いません」が最後に来てしまう.また,いろいろな例を挙げてから,帰納的推論を催促して,だからこうでしょ,と言い方をする人が多い.私もそうだ.英語だと,なんだかすぐにはよくわからない抽象的な論議が先にあって,あとに出てくる例を見て,なんだそんなことだったのか,と思わされることが多い.

私も何かを説明するとき、「たとえば…」ではじまることが非常に多い。まず具体的な例を挙げた上で、一般的なことを言う。この場合本当に言いたいことは結論部分の一般性のある議論なのだよね。この文章でも英語はまず抽象的な論議が先にあると言っているが、私が英文を訳すときそこでつまづいてしまう。
ここで日本語の構造と符合すると指摘される具体→抽象の流れ、つまり帰納的推論は、人間の卓越したパターン認識能力に基礎を置いている。その逆、一般的な法則から具体的な事象をシミュレートするようなことは人間よりもむしろ計算機が得意だ。AIの研究は計算機に帰納的なものの考え方をさせようとするのが多い。つまりそれは人間の牙城であるからして、計算機で実現できればなかなかに知能的だわい、というわけ。

「日本語はなんて人間的ですね!」
日本語でおk